ボランティア活動 講演会 NPO法人みつわの取り組み

NPO法人みつわ 講演会活動履歴

平成21年講演会
講師:三好春樹先生をまねいて
講演内容「介護について」
平成23年講演会
講師:室谷良子先生をまねいて
講演内容「温めるツボがわかれば、健康になる」
平成27年講演会
講師:松本一生先生をまねいて
講演内容「介護という発想を捨ててみたらどうだろう・・・?」
講演活動
平成27年度講演活動 紙芝居

1.いつだって心は生きている
大切なものを見つけよう

2. ぼくがまだ小さかった頃、おじいさんはよく近くの川に、魚釣りに連れて行ってくれました。「昔は、ここでよく子どもたちと泳いだものだよ。海水パンツじゃなくて、ふんどしをつけて泳いだんだ」と、この川に来ると決まってその話を始めました。おじいさんは、昔は小学校の校長先生だったそうですが、ぼくにはあまり想像がつきませんでした。ぼくの学校の校長先生は、ひげを生やしていつもこわそうなので、ぼくのおじいさんとはとても違うイメージだったからです。おじいさんはお見合い結婚で、三人の子どもがいて、いつも子どもたちのことを真っ先に考えて一生懸命働いたそうです。定年後は、好きな釣りや絵を描くのを楽しみにしていました。

3.ある日、釣りに行ったときのことです。おじいさんは、エサをつけずに釣りを始めました。ぼくが、「エサがないと釣れないよ」と言っても、何も言わずそのまま釣っていました。その日、おじいさんが帰り道を間違えたので、ぼくが連れて帰りました。家に帰って、そのことをお母さんに話すと、「年ばとっとらすけん、たまには忘れることもあるくさい」と言って笑っていました。

4.ある日の夕方、おじいさんが、散歩に出たまま暗くなっても帰ってきませんでした。お父さんとお母さんが心配して近所を探しに行きました。夜遅くなって交番から電話があり、お父さんが迎えに行きました。家に帰って、おじいさんはお父さんからひどく叱られました。おじいさんは悲しそうに下を向いていました。おじいさんのことだから、子どもたちと一緒に暗くなった町を冒険していたのかなと思いました。ある日、学校の帰り道でおじいさんとばったり会いました。おじいさんは、はだしで歩いていました。「どこに行きよっと?」と聞くと、「魚釣り」と答えたけれど道具は持っていません。「靴はどげんしたと?」と聞くと、「誰かが持っていったとやろ」と言いました。ぼくは不思議に思いながら、はだしのおじいさんと一緒に家に帰りました。靴は、家の中にありました。その後も、時々外に出て帰れなくなり、近所の人に連れて来てもらったり、

5.迎えに行ったりすることが続きました。近所の人たちもおじいさんが通ると、「先生、どこに行かれますか?」と話しかけてくれたり、おじいさんを見かけると電話をかけてくれたりしました。いつのまにかおじいさんは、町中の有名人になっていました。またそのころから、夜中に「学校に行く」と言って着がえたり、大きな声で騒いだりして、お父さんもお母さんも、夜眠れずにおじいさんを叱ることが多くなりました。

6.お父さんとお母さんは困りはてて、ある日、おじいさんを大きな病院に連れて行きました。病院から帰ってきたお父さんは、少し悲しそうでした。ぼくが心配そうにしていると、「おじいさんはね、脳の病気になっているんだそうだ。その病気は、もの忘れがだんだんひどくなったり、時間や場所がわからなくなる病気で、アルツハイマー型認知症というそうだよ」と言いました。ぼくは自分が、今何時か、今いる場所がどこかわからなくなったら、どんなに不安になるか、想像すると恐ろしいくらいでした。その病気は、少しずつ進行していく病気で、いまの医療ではまだ治すのは難しいとのことでした。そう考えると、おじいさんのことが本当にかわいそうになりました。そういえば、最近おじいさんは、あまり笑わなくなりました。

7.でもおじいさんはぼくと一緒にいたり、絵を描いているときは、とても優しい目をしていました。何を描いたのかわからない絵が多いけれど、おじいさんは若いころ、絵の展覧会で入賞したことがあると言って自慢していました。それから、お父さんとお母さんは、おじいさんをあまり叱らなくなりました。お父さんは、病院の先生や認知症介護の専門の人たちから、いろいろ教えてもらったそうです。認知症を治すのは難しいけれど、ぼくらの接し方で、病気が落ち着くこともあるそうです。

8.「おじいさんを大切にすること。そして病気の勉強。できなくなったことに目を向けるんじゃなくて、今できることを大切にしてあげること」そうお父さんが言っていました。ぼくは、お父さんの話を聞いて何だかうれしくなって、ぼくもおじいさんを、もっと大切にしようと思いました。

9.それからも、おじいさんの冒険は何度か続きました。一度は二日間も見つかりませんでした。お父さんはとうとう、交番に捜索願を出しました。ぼくが冒険だと思っていたことは、「徘徊」という行動だそうです。ぼくは、「徘徊」という言葉を辞書で引いてみました。「広い範囲を楽しく歩き回ること」と書いてありました。

10.みんなの心配をよそに、おじいさんはひょっこり楽しそうに帰ってきました。ぼくは「徘徊」よりも、やっぱり「冒険」という言葉のほうがぴったりだなあと思いました。そんなことがあって、お父さんもお母さんも、心配で仕事が続けられなくなってきたので、おじいさんは時々泊まれる施設へ行ったり認知症のお年寄りが自宅で安心して過ごせるように手伝ってくれるディサービスやホームヘルパーを利用し過ごしています。そこは普通の家のように家庭的で温かで、お世話をしてくれる専門の人がいます。その人たちは、いつもおじいさんのそばにいて、よく話を聞いてくれます。そして、おじいさんができなくなったことを手伝ってくれています。ぼくが会いに行っても、いつも笑顔で迎えてくれます。

11.その頃おじいさんは、ぼくの名前も思いだせなくなっていましたが、何だか顔がおだやかになって、笑うこともだんだんと増えていきました。「認知症になっても、いつだっておじいさんの心は生きているんだ」そう思うと、ぼくもいつのまにか、幸せな気持ちになりました。